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リレーエッセイ〜看護のすきま〜【 vol.6 さいとうえみり】

「メディケアナース」は、看護師として働くひとの休日に“のんびり”を届けるウェブマガジンです。私達が考える“のんびり”とは「私を楽しみ、私と語らう時間」。連載企画「リレーエッセイ〜看護のすきま〜」は、看護師として働くひとによる“背伸びしない”エッセイ集です。人と人のすきまを紡ぐ看護師が「休日の私」をテーマにエッセイを綴ります。

vol.6 さいとうえみり

休日に葉山へ行ってきた。

泊まったホテルから海までは、歩いてすぐの距離。滞在した2泊3日の間に何度も海へ足を運んだ。砂浜には、犬と散歩する地元の人、座って海を眺める人、夢中になって写真を撮る人。穏やかな葉山の海に合わせるように、そこにはゆるやかな時間が流れていた。

わたしは時々、こうした“スローな時間”を味わうようにしている。

社会の中にいると、速さや効率を求められることが多い。看護師の仕事をしている時は余計にそう感じた。

一日中頭の中はフル回転。自分のキャパシティになみなみと注がれた仕事を、こぼさないよう慎重に、でもスピード感をもって進めていく。毎日やっていると慣れてはくるが、それでも一杯一杯だった。上手くできずに落ち込むこともしばしば。「なんであの人みたいにもっと速くできないの?」自分が情けなかった。

でも今、看護師を離れて他の仕事をはじめ、生活が変わっていく中でわかったことがある。わたしには“ゆっくり”が合っているのだ、と。

もちろん、速さの中で生きるほうが楽しい人もいるだろう。速くできたほうが人に喜ばれたり、役立ったりする場面も多いと思う。でも、だからといって自分も速く生きなければいけないわけではない。ゆっくり生きる人がいたっていい。

それは何もせずダラダラしたいのとは違うし、綺麗にきちんと暮らすようないわゆる“丁寧な暮らし”がしたいのとも、少し違う。

わたしの思う“ゆっくり”は、心が動くスキマがあること。ちいさなことで喜んだり感動したりできる、柔らかさを持てること。

じっくり考えて言葉をつむぐ今の仕事が好きだし、海を見てぼーっとしたり、移りゆく季節を味わったりするのも好きだ。どうやらわたしは、速さの中で生きていると疲れてしまう。のんびりと生きることで、心地よさを感じる人間なのだ。

それでもたまにどこか急いでいるような感覚があって、ある日夫にこう話した。

「どうやったらゆっくり生きられるかなあ」

夫は少し考えてから、こう言った。

「えみりは今、何倍速で生きてるの?」

夫の問いは、自分が一番心地よい速度を1として、今どのくらいの速さなのかというものだった。ものごとの捉え方が違う夫は、いつも自分には思いつかない角度から考えるきっかけをくれる。

「うーん、時間的な余裕はあるけど、すこし焦る気持ちがあるから1.3倍速くらいかな」

そう答えて、心地よく生きていくには時間と心のバランスが大事なのだと気づいた。

「ゆっくり生きたい」と願っていても、つい世の中の流れに引っ張られたり、どうしてもスピードが必要になったりすることもある。まわりと比べて焦ってしまうことも。そんな時はこの問いを自分に投げかけるようにしている。

「今、何倍速で生きている?」

時々点検しながら、なるべく心地よい速度で生きていたい。急ぎすぎていると思ったら、スローな時間が流れるほうへ。わたしの場合はたいてい、海や川、緑の多い公園など。犬とふれあうのもいい。

風や音、光、匂い、手ざわり、温度。体いっぱいに受けとめていると、慌ただしかった心も、“ゆっくり”を取り戻す。柔らかくほぐれてスキマのできた心には、たくさんのことを感じるゆとりが生まれ、ささやかな幸せで満ちていく。

生活まるごとスローにするのは難しくても、休日や、生活の一部にゆるやかな時間をもつことはできる。気づけばひとりで葉山の海を見ていて、みんなと足並み揃えなきゃと焦っていた自分はもういなかった。

社会と同じスピードに、乗れなくたっていい。まわりと比べなくても、きっと大丈夫。わたしはわたしに合った、ゆっくりな時間を生きていこう。

葉山の海にしずむ夕陽を眺めながら、そう思った。